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ラジカセ

 今、昭和感あふれるラジカセが売れているらしい

どの世代が購入しているのか?

昭和も遠くなっていくが、昭和の時代はいい時代だった

そんな懐古な気持ちと古き良きものへの再認識から売れているんだろうか?

今や音楽はどこでも手軽に聞けるものであるが、僕らが子供の頃は音楽を聞くにはそれなりの道具が必要だった

そのアイテムがラジカセ

当時はアナログレコード、カセットテープが音楽を聞く媒体で、それを再生するにはでっかいステレオが必要だった

お金持ちの家にはそれがあったが、我が家にはなかった

小学生高学年の頃、なんとかおもちゃのようなレコードプレーヤーを買ってもらい

擦り切れるほどレコードを聞いたものだった。

そして中学に上がるとラジカセ

英語の勉強に必要だから

とかなんとか言って買ってもらったなあ

今思えばそんなに音がよかったわけでもないが、ラジオの音楽をよく録音しては聞いていた

もともとオーディオも好きだけど今はそんな余裕もなく

昔買ったコンポでたまに聞く

でも、スマホでも聞けるのでそれほど使うわけでもない

それが、最近CD ラジカセを購入した

今年道の駅でラジカセLIVEと称してラジカセを使ってLIVEを行ったが、もっと音の良いものがほしいなあと思い購入

今度のLIVEで使おうと思う

さて、そのラジカセで中森明菜さんの曲を聞いてみた

高校時代に発売されたベストアルバム

メモワール

何故、このアルバムなのかわからないけど

ラジカセを通しで聞く音楽は久しぶりでアナログ時代の音の柔らかさを感じた

もちろんCDではあるが、あの当時の音の作りは今の音楽とは少し違う

部屋でラジカセから流れる音楽をききながら、他のことをする

常にスマホにイヤホンで聞いていたより、リラックス出来たし、楽しい

僕は思った

これがいいんだなと

イヤホンでは音楽は体の中にこもってしまうが、ラジカセで聞くと音が体を包み込む

だから、リラックス出来るのかなと

今、再びラジカセが注目を浴びているのはそんなところからきているのかも知れない

どこにでも持ち運べるのも魅力だし

若い世代の子から見ると新鮮に映るらしく、昭和歌謡が人気なのも同じような理由であろう。

アナログレコードも最近人気のようで新しくアナログレコード発売された新譜もあった。

デジタル音楽より歴史が長く音の柔らかさはやはり、アナログでないと出せないよであろうから

僕らはいい時代に育って来たんだなあ

そんな事を思った今日でした。


このラジカセ

レベルインジケーターがついてました

懐かし〜

嬉しくなります😊





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