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終戦記念日

毎年8月は平和について考えさせられる時です。

6日、9日の広島、長崎の原爆について、そして今日15日は終戦記念日

私の父は戦争体験者でした

終戦後、シベリアに抑留させられ昭和23年に日本へ帰ってきたと聞きました。

終戦から3年間あのシベリアでの重労働に耐えてきたのかと思うと、よくぞ生きて帰れたなと今、思います。

父がいなければ、当然私もこの世に存在していないわけで、改めて命の尊さを感じます。

そんなこともあり、終戦の15日には改めて今の世の中の平和さをありがたいと思います。

言いたいことはいえて、行きたいところにも自由に行ける

やりたいこともなんでも出来る

あたりまえと言われることがあたりまえのように日常の中にあることへのありがたさです。

そんなあたりまえは今年のコロナでもわかりますね

今まであたりまえに行われていたことが今年はあたりまえではない。

戦争とは違いますが、こんな平和な時代に違った意味での問題提起が今年のコロナの感染拡大のような気がします。

昨今の自然災害もそうだけど、何か?を見失わないように何か?を考えるために起こっているのかも知れない

と思う事があります。

こんな時だからこそ、自分にとっての幸せは何か?考える必要があるのかな?

何が一番大切なのかを。


そんなこと、思ったので書いてみました。

あくまでも、個人的見解です。

さ、明日も元気でがんばるぞ~^^ 


平和を願った歌です。


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