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さよならの向う側(三浦祐太朗)

最近は天気の変化が激しいです。晴れたり雨が降ったり・・気温の方も急に寒くなったり
こうして春に一歩ずつ近づいていくんでしょうね。

さて、表題の曲はみなさんもよくご存知の山口百恵さんの現役時代最後の曲であります「さよならの向う側」です。
百恵さん世代の女性の方は今でもカラオケなんかで歌う事があるのではないでしょうか?
そんな百恵さんの名曲も数多くのアーティストがカバーされていて、男性アーティストのカバーも多くあります。
そんな中、百恵さんのご子息であります三浦祐太朗さんがカバーされた事は有名であります。
さすがは百恵さんのDNAを感じるボーカルですね。
そんな三浦祐太朗さんバージョンで、僕も昨年からたまに歌っていましたが、なにせ難しい曲です。
語りからサビそして締めのフレーズどれもが難しいです。

この曲の素晴らしいところはまさしく百恵さんの最後を飾るべくそれまでの周りへの感謝の言葉が多く綴られているところでもありますが、これはご本人を離れた部分でも、大事な言葉の数々ですね。
よくありがとうと歌詞にいれるとヒットするといいますが、この曲のも英語ではありますがThank youと入ってますね。
ここが歌っていて一番気をつけるところであります。


さて、春といえば別れの季節でもありますね。
この季節のこの肌寒さは時折、そんな淋しさを感じさせます。

そんな淋しさとは少し違うかも知れませんが、この「さよならの向う側」とも共通するような気がします。
ただ、このさよならの向こうにはきっと・・幸せが待っているんですね。

さよならと言いつつも希望の匂いを感じるこの曲を今日は掲載します。

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