スキップしてメイン コンテンツに移動

卒業式

今日は高校の卒業式でした。 今日は天気もよく、いい卒業式でしたよ。
 思い返せば、入学してから3年間勉強と部活を両立させながら、がんばってきたと思います。進学校なので、もちろん目的は大学進学です。
そんな中、塾にも通わずよく、ここまで来たと思います。
毎日、見たいテレビも時間になったら、我慢して部屋に行って勉強してたし、とにかくがんばる姿をみながら、応援してました。

勉強については、ほとんど干渉はしませんでした。
小学校の頃から、勉強しろと言った事は何故か?一度もありません。
勉強したければすればいいくらいの気持ちでしたから、すべて本人の自覚にまかせてきました。困れば自分がするだろう・・という感じでした。

数日前にある方から聞いたのですが、うちの子が「うちは親が勉強しろって言わないから気が楽」と言っていたそうです。

ただ、 中学の時、常に成績でトップをキープしていましたが、そんな我が子に「高校に行ったらこんなもんじゃないぞ。他の中学のトップクラスが集まったらすぐに30番40番と落ちていくんだからな。」と、いつも言ってました。 やはり、一番恐いのが、それだったからです。
小さい世界でトップでも上のクラスにいったら通用しない、世界は広いということを教えてあげたかったからです。誰でも、親なら時には戒め、時には誉めするかと思います。
有頂天が一番の敵となりますから。親心です。

でも、今はそんながんばりを心から誉めてあげたいと思っています。 今日は少しご馳走かな^^
※今日の卒業式で先生がありがとうの反対はあたりまえという話をしていました。感謝です。

そんな今日は子供が小学校2年生くらいのとき、リメイク放送され、主題歌をその年の運動会で踊った「ヤッターマンの歌」を掲載します。


卒業といえば、名曲多いですが、僕は菊池桃子さんの「卒業」が好きでしたね~
歌詞の情景描写で風景が浮かんできます。

コメント

このブログの人気の投稿

新年

 日が変わり、新しい年を迎えました。 2025年 今年はどんな年になるのか? とにかく健康で歌えればそれが一番嬉しい事である いずれ、歌う環境なども自ずから切り開いていきたいとも思うがまずは本職を終えてからの話である 子供も今年は大学入試の年 色々なことで今年も忙しくなりそうだ そんな中 今年も歌って それによって喜んでもらえることが自分への褒美のような気もする 今年もしっかり 歌いますよ 今日は恒例の家族揃っての初詣 今年も家族全員一緒に正月を過ごせることがやはり幸せなんだと思う 今年もがんばります☺️

アナログレコードの魅力

 かつてレコードプレイヤーでいつも聞いていたレコードたち さあ、何年振りだろうか 緊張気味に針を落とす・・・ ジー・・・独特のノイズ音に音が鳴るのを期待する そんな時間がまた訪れようとは思ってもいなかった 近年アナログでの新譜が多く発売されている CDが発売されたときには画期的だったノイズもなく曲の頭出しも楽 でも、それが今の時代便利過ぎる世の中で懐古の念が人々の心を惹きつけている 昭和100年の今年 ちょっと不自由だったけど人が人らしく生きていた時代 そんな時代に寄り添うように音楽が隣にあった 好きな音楽を聴くにはレコードを買う以外方法がなかった時代 人々はこぞって好きなレコードを買っていた だからそこに 想いも思い出も宿った 今の時代音楽は聴き捨ての時代 手軽に聞けるから手軽に聞かなくなる 演歌歌手などはCDを売りさばいた時代と比べて大変だと想う CDだから売れなくなったのかも知れない サブスクでいくらでも聞けるから 媒体時代必要なくなった これも時代なのかなと思う そんな折のアナログレコードの復活 落ち着いてゆっくり音楽を楽しむにはレコードが最適 なぜか? それは面倒だからなのである 手軽に聞ける音楽は手軽に止める 頭出しが必要であれば何度も同じ曲を聴く でも、レコードの場合、準備に少々時間がかかる 手軽ではない・・・ そして一旦針を落とすと頭出しなどしない アルバム時代をゆっくり楽しむことができる なんでもタイパの時代生き急ぐ現代において自分のために少しの時間を使うことは決して贅沢なことではなく、心の休息をとり、新たに再生する時間なのではないかと考える ネットやテレビもいいが心が休まることはない 心の断捨離 レコードはそんな時間をくれるような気がする 最近再び、中古のレコードショップに行くようになった 今まで気にならなかったレコードも手に取り聞いてみたくなってきた 新譜として発売された「ピンク・レディーベストヒットアルバム」も購入して聞いてみたが レコード本来の音に加えて音の広がり音の深さが加わったようである 新しいカッティング技術を用いて昭和の音を刻み込んでいく そんな心を感じた これまでCDで発売されたものもあらたにアナログレコードで再発売という記事もよく見かけるようになった 自分だけの癒しの時間 レコードを通して感じてみるのもいいものだ そんな...

森林

 最近、ニュースで熊の出没とよく目にする 温暖化の影響で食べ物がなく人里まで下りてくるということであるが、食べることが出来ればそのようなこともないのだろう それまで人と熊(だけではなくそれぞれの動物)には生きていくテリトリーというものがありそれらの中でそれぞれが暮らしていたはずだった 人間と違い動物は食べることさえ出来ればいいはずなのに・・・ 自然破壊が温暖化をすすめているとネットで掲載されていることもあるが真相はわからない このような悲しいニュースを見ると心が痛くなる 九州は熊がいないとされるが、それ以外の動物がいる 近くの竹藪の中にも人目を避けて暮らしている動物がいると思う ここ数年極端に暑い夏を過ごすにつけ樹木のありがたさを感じる とにかく木の下にいると涼しい 木には精霊が宿ると言われいるが、やはり心地よさをくれるように思う あの熱い日差しを遮ってくれるのは本当にありがたい 夏は作業も大変 そんなとき木の陰はオアシスである でも、田舎も高齢化がすすむと後々のことを考えて庭木や敷地にある木を伐採しているお宅をよくみる 木の手入れは大変なので大きくなった木は根元から切っていくのだ 毎日犬の散歩をしていると夏はそんな木陰がありがたい うちにも庭木があり手入れをしているがそれもいずれは手入れができなくなったら切り倒してしまうのだろうか? 仕方のないことでもあろうが、淋しいなと思うのは 今が秋だからなのか? 自然はやはり人間だけのものではないのだと改めて感じるのである